このページの記事はあるラグビー応援サイトのコラムとして書いたものです。当サイトに引っ越してきました。
当記事中ほどに➜ "One for all, All for one " 初出を探るという一文があります。『One for all, All for one 』はご存知のように『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』と訳されラグビー界に限らず方々で引用されています。この成句についてさらに詳しく探ってみたのが以下の記事です。ご興味ありましたらあわせてご一読ください
➜ "One for all, All for one"の出典を追う
この動画は https://no-lang.com により作成されました。
目次
ブロウ・イデをご存知ですか? (ワラビーズ)
今日は増田 久雄 著『栄光へのノーサイド』という作品をご紹介します。
著者増田久雄は(ますだ ひさお)は、1946年生まれの映画プロデューサーとして名高い方です。かつては石原裕次郎の石原プロモーションで映画製作に携わっていました。その後独立しフリーランスのプロデュサーになりました。
自ら脚本・監督を担うこともあり、例えば『E.YAZAWA ROCK』という矢沢永吉の姿を追った音楽ドキュメンタリーでも制作・監督をつとめています。脚本を書くときは「北原陽一」というペンネームをつかうこともあります。
『太平洋の果実―石原裕次郎の下で』(1997年)、『団塊、再起動。―経験と智恵を活かした団塊世代の第二の人生』(2007年)など多くの著作があります。『サンタクロースに会いました』(絵・上野 紀子/2007年 )という絵本もあります。
さて本作『栄光へのノーサイド』ですが、実在のモデルがいます。1914年生まれのウィンストン・フィリップ・ジェイムズ・イデ(通称=ブロウ・イデ)というオーストラリア移民の日系2世です。「ブロウ」はほっぺを膨らませる(blow)癖からつけられた愛称です。『イデ』は日本苗字の「井出」でしょう。父親は佐賀県出身の井出秀一郎({ヘンリー・ヒデイチロウ・イデ})という名です。母親はクララという名のオーストラリア人です。
オーストラリアで生まれ育ったブロウ・イデは苦労してラグビー・ナショナルチーム「ワラビーズ」の一員となり活躍します。1938年のニュージランド戦に続きイングランド遠征にも選ばれますが、イギリスについたその日にドイツとの戦争が勃発し試合はできませんでした。第2次世界大戦の始まりです。
オーストラリアに戻った彼は陸軍に志願し出兵しますが、シンガポールで捉われて日本軍の捕虜となってしまいます。捕虜として泰緬鉄道*の建設労働に従事させられたのち、北九州の炭鉱へ移送されることになります。
その移送中に輸送船「楽洋丸」はアメリカ軍の魚雷攻撃により沈没という悲哀にあい、彼の生涯は閉ざされます。ブロウは救命ボートを仲間に譲り、沈んでいく船に残ったのだといわれています。
One for all, All for one 初出を探る
捕虜移送の船が沈没するときに乗員を救うためにブロウは自らを犠牲にするという、このエピソードが『ワン・フォー・オール』(One for all)というラグビー精神にのっとたものだとして後世まで語られている、というおはなしをしばしば見かけます。
ワン フォー オール、オール フォー ワン(One for all, All for one)
《ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために》と邦訳が当てられています。
《ひとりはみんなのために、みんなはひとつの目的のために》と訳すべきだという方もいらっしゃいます。
ところがこの言葉は必ずしもラグビー精神のみに使われている成句というわけではないらしいのです。初出はアレクサンドル・デュマの小説『三銃士』(1844年)の中にあるということです。わたしには『三銃士』初出説の真偽もよくわかりませんが。フランス語の小説ですから英語に訳されたときにワンフォーオールとなっているということなのでしょうか。
と、ここまで書いてきて見つけました、フランス語。(フランス語は若いころに少しかじったことはあります。齧りかけたていどかな)
Un pour tous, tous pour un.
(アン プ_ル トゥ 、トゥ プ_ル アン )
とするとやはり『三銃士』が初出かな、と思いはじめたところ、
ところがまたまた発見。といってもwikipediaにでていたのですが。
Unus pro omnibus, omnes pro uno.
(ウヌス・プロ・オムニブス、オムネス・プロ・ウノ)
(一人は皆のために、皆は一人のために)
ラテン語です。自慢じゃありませんがラテン語は皆目わかりません。
wikipediaを引用します。
この成句のもっとも古い記録は、1618年のボヘミアのカトリックとプロテスタントの両集団の指導者の集まりにおいてである。この集まりは、三十年戦争の発端であるプラハ窓外放出事件を引き起こした集まりである。プロテスタントの指導者は以下のような内容の手紙を決然と読み上げた。
「彼ら(カトリック勢力)がまた我らに対する処置を断行しようとするゆえに、ここに我らは以下のごとく相互の合意の形成に至った。すなわち、生命、肉体、名誉、繁栄の喪失をいとわず、我らはここに、一人は皆のために、皆は一人のためにとの気概を以て確固と立ち上がったのである。我らは誰にこびへつらうことはない。それどころか我らはすべての困難に対して、できうる限り、相互を助け守るものである」。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/Unus_pro_omnibus,_omnes_pro_uno
もともとはデュマの『三銃士』から200年以上の前のラテン語の言葉でした。
⬆上の話には後日譚がありまして、『三銃士』からさらに遡って調べてみました。あわせてご一読ください。
こちら➡ "One for all, All for one"の出典を追う
『栄光へのノーサイド』
小説へ戻りましょう。
そのような実話を題材に、『栄光へのノーサイド』はブロウ・イデの短い生涯を通して、戦争の悲劇と貫き通す正義、そしてラグビーを通して貫く友情を描いた書き下ろしラグビー小説です。
さながら一編の映画を見るような感動的なシーン続出の物語構成です。さすが映画で培ってきた技倆を発揮できる著者ならではの作品です。実は著者松田氏はi以前(2010年頃か?)にこの題材を基にした映画を目論んだことがあったそうです。しかしスケールの壮大さから日本映画では予算が足らず断念したとのことです。
そして2019年、日本でのW杯を迎え小説として陽の目をみることになりました。ラグービーファンのみなさんにおすすめします。本の帯には、
『愛と平和の架け橋となった実話をもとにシドニー、東京、メンフィスを舞台に時空を超えて展開する壮大な感動作』
とあります。また俳優の舘ひろし氏の絶賛コメントもあります。
一編の映画を見たときのような心に包まれました。ラグビーは魂のスポーツだと教えてくれる一冊。
舘ひろし氏は高校生時代ラグビー部のキャプテンだったそうで、日本テレビ系ラグビーワールドカップ応援団長をもつとめています。(2019年ラグビーワールドカップ時)
死に至るノーサイド / ブロウ・イデの物語
ブロウ・イデの物語は上で紹介した増田久雄著「栄光へのノーサイド」だけではなく過去にも小説や映画になったことがあります。
蟹谷 勉・著『死に至るノーサイド』 (1993/5) 主人公加藤広野(ヒロ)はふとしたことで戦前のオーストラリアで活躍したイデ(ブロウ井出)という日系2世のラガーがいたことをを知り、その軌跡をたどり始めます。綿密な取材に基づいたルポルタージュ仕立ての小説です。主人公加藤(ヒロ)にもモデルとなった実在の方がいるそうです
この作品は沖縄県具志川市文学賞・第1回の受賞作品となりました。その選者のおひとりでもあった井上ひさし氏が激賞なさっています。(具志川市は現・うるま市)
1930年代のオーストラリアを引き抜けた一陣の風
幻の日系人ラガー”ブロウ”の生と死の足跡を求め
国家と民族を問ひ返すニュータイプのロードロマン
⬆ 同書・帯書 『井上ひさし氏激賞!』
映画・ ブロウ・イデ 『君はノーサイドの笛を聞いたか』
ブロウ・イデの軌跡を追いかけたドキュメンタリー映画があります。
『君はノーサイドの笛を聞いたか』
2009年の公開です。残念ながらいまだに見ておりません。youtubeに予告編(trailer)はありますが全編通して見たいものです。
映画 『君はノーサイドの笛を聞いたか』
制作 ドキュメンタリー映画「君はノーサイドの笛を聞いたか」製作委員会
企画 岡田 聖
製作プロデューサー 高橋 紀成 岡田 聖
監督 石井 信行
脚本構成 村上 信夫
撮影 山本 啓太
ナレーション 松方 弘樹
エンディングテーマ曲 リュ・シウォン
製作協力 日本ラグビーフットボール協会
オーストラリア・ラグビーフットボール、ユニオン
公開 2009年8月~11月{全国の公会堂&市民ホール}
制作協力 株式会社ディープロジェクト
上映時間 77分
「ノーサイド 」について知ったかぶり
先日ご紹介した池井戸潤の小説は『ノーサイド』という書名でした。
きょうご紹介した、ブロウ・イデをとりあげたどの作品にもタイトルに『ノーサイド』という語が入っています。そして作品鑑賞後には、「感動」の声が寄せられています。
ノーサイドは、ラグビーファンならずとも試合終了の意味として知られている語です。no sideを辞書で調べると次のように載っています。
no side :(rugby) Called by the referee at the end of a match, as no side has the next possession of the ball. (出典:『Wiktionary』(2010/06/11 13:18 UTC 版))
試合終了時、どちらの側にも次のボールポゼッションがない場合に主審がコールする。(訳:Deepl)
No side のsideは側。敵と味方それぞれの側がなくなった瞬間がノーサイド。敵味方という隔たりがなくなった合図。
ところが、いまラグビーでのノーサイドは外国ではほとんど使われていない語だそうです。かつては英語圏で使われていたようですが、今はノーサイドと言っても通じないことが多いらしい。"Full time"なら外国人誰でもわかるようです。あるいは"game set "や "time up "でしょうか。
わたし的にはノーサイドという語意語感には日本人好みの情緒的な何かがあると思っています。
ノーサイドという語を説明しているサイトがありましたのでご紹介しておきます。
スポーツ専門チャンネルESPNのイギリス版サイトに"No side"の説明があります。
http://en.espn.co.uk/scrum/rugby/page/97263.html
こう書いてあります↓。
No side - antiquated term used to describe the end of the match. Superseded by full time.
多分こんな意味↓
No side - 試合の終わりを説明するための古風な用語。(現在は)フルタイムに言いかえられています。
松任谷由実の曲にも『ノーサイド』がありますね。
♪何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの
ブロウ・イデに問うているように聞こえます。